2. 前述のものと神的な神の愛と神的な神の知恵の書の中のものの創造についての論文の中に記述されたものから寄せ集められたものから、主の神的な神の愛と神的な神の知恵の支配は神的な神の摂理と呼ばれることが確かに知られることが出来よう。しかし、そこで創造について述べられたので、また創造の後の物事の状態の維持について述べられたのではないので、またこれらは主の支配であるので、それ故に、今やここに創造後の物事の状態の維持について述べよう。しかし、この章においては創造されたものの中の神的な神の愛と神的な神の知恵、即ち神的な神の善と神的な神の真理の結合の維持について取扱う。このことについて下記の順序で述べよう。
(1)全世界(霊的な宇宙と自然的な宇宙)は全体的なものも個別的なものも共に、その創造されたものは神的な神の愛から神的な神の知恵によって存在する。
(2)神的な神の愛と神的な神の知恵は一つのものとして主から発出する。
(3)この一つのものは凡ての創造されたものの中の或る種の像の中にある。
(4)凡ての創造されたものが全般的なものにおいて、また部分的なものにおいてこのように一つのものであるために神的な神の摂理がある。そしてもし一つのものでないなら、一つのものになるためにある。
(5)愛の善は知恵の真理に結合された範囲より多く善ではない。また知恵の真理は愛の善に結合された範囲より多く真理ではない。
(6)知恵の真理に結合されていない愛の善は本質的に善ではないが、しかし外観上の善である。また愛の善に結合されていない知恵の真理は本質的に真理ではないが、しかし外観上の真理である。
(7)主は何かが分割されたものであるということを許されない。それ故に、善と一緒に真理の中にあるか、悪と一緒に間違った信念の中にあらねばならない。
(8)善と一緒に真理の中にあるものは意義あるものであり、また悪と一緒に間違った信念の中にあるものは何も異議あるものではない。
(9)主の神的な神の摂理は悪と一緒の間違った信念を均衡のために、比較のために、浄化のために、またそれ故に、他の者の許の善と真理の結合のために仕えるように為す。


