圣经文本

 

創世記第28章

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1 イサクはヤコブを呼んで、これを祝福し、命じて言った、「あなたはカナンにめとってはならない。

2 立ってパダンアラムへ行き、あなたのの父ベトエルのに行って、そこであなたのラバンのにめとりなさい。

3 全能の神が、あなたを祝福し、多くの子を得させ、かつふえさせて、多くの国民とし、

4 またアブラハムの祝福をあなたと子孫とに与えて、アブラハムに授けられたあなたの寄留の地を継がせてくださるように」。

5 こうしてイサクはヤコブを送り出した。ヤコブはパダンアラムに向かい、アラムびとベトエルので、ヤコブとエサウとのリベカのラバンのもとへ行った。

6 さてエサウは、イサクがヤコブを祝福して、パダンアラムにつかわし、そこからをめとらせようとしたこと、彼を祝福し、命じて「あなたはカナンにめとってはならない」と言ったこと、

7 そしてヤコブが父の言葉に従って、パダンアラムへ行ったことを知ったとき、

8 彼はカナンが父イサクの心にかなわないのを見た

9 そこでエサウはイシマエルの所に行き、すでにあるたちのほかにアブラハムのイシマエルの娘で、ネバヨテの妹マハラテをにめとった。

10 さてヤコブはベエルシバを立って、ハランへ向かったが、

11 一つの所に着いた時、日が暮れたので、そこに一夜を過ごし、その所のを取ってまくらとし、そこに伏して寝た。

12 時に彼はをみた。一つのはしごが地の上に立っていて、その頂は天に達し、神の使たちがそれを上り下りしているのを見た。

13 そしては彼のそばに立って言われた、「わたしはあなたの父アブラハムの、イサクのである。あなたが伏している地を、あなたと子孫とに与えよう。

14 あなたの子孫は地のちりのように多くなって、西、東、にひろがり、地の諸族はあなたと子孫とによって祝福をうけるであろう。

15 わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」。

16 ヤコブは眠りからさめて言った、「まことにがこの所におられるのに、わたしは知らなかった」。

17 そして彼は恐れて言った、「これはなんという恐るべき所だろう。これは神のである。これは天のだ」。

18 ヤコブははやく起きて、まくらとしていたを取り、それを立てて柱とし、その頂にを注いで、

19 その所の名をベテルと名づけた。そのの名は初めはルズといった。

20 ヤコブは誓いを立てて言った、「がわたしと共にいまし、わたしの行くこの道でわたしを守り、食べるパンと着る着物を賜い、

21 安らかに父のに帰らせてくださるなら、をわたしのといたしましょう。

22 またわたしが柱に立てたこの神のといたしましょう。そしてあなたがくださるすべての物の十分の一を、わたしは必ずあなたにささげます」。

   

来自斯威登堡的著作

 

Arcana Coelestia#1430

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1430. 'When he went out of Haran' means an obscure state which the Lord was experiencing like that of man's childhood. This becomes clear from the meaning of Haran in the previous chapter, the place to which Terah came first together with Abram, and where Terah, Abram's father, died, 10:31-32, and also from references further on to Jacob's going to Haran where Laban lived, Genesis 27:43; 28:10; 29:4. Haran was a region where external worship prevailed, which in fact in the case of Terah, Abram, and Laban, was idolatrous worship. But the internal sense does not carry the meaning which is present in the external sense, only the meaning that a certain obscurity existed. As one passes from the external sense into the internal the idea of idolatry does not remain but is completely removed. It is similar to when the idea of holy love is gained from 'a mountain', see 795 - as one passes from the external sense into the internal sense the idea of a mountain first of all perishes, but the idea of height remains; and by height holiness is represented. The same applies to everything else in the external sense and its meaning in the internal sense.

  
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Thanks to the Swedenborg Society for the permission to use this translation.